建学の精神
この建学の精神は、学生に人として素晴らしい人生の送り方、生き方を学んでもらいたいという私たちの願いである。けっして偉い人、有名な人になってほしいのではなく、人のために生きることの出来る人になってほしいのだ。今の日本人は、たいていのものは何でもそろっている。物質的に非常に豊かな生活を送っている。その結果、物事の価値をモノやカネに置くようになってしまった。お金のあることが、幸せになるための条件であるかのように錯覚してしまっている。
しかし、いくら食べるもの、着るものが豊かになったとしても、財産を築いたとしても、それが本当の幸せと言えるだろうか。
本当の幸せとは、物質的なものではないはずだ。
モノ、カネ中心に刹那的にその日を暮らしている日本人。その中で生まれ育った若者が、極楽とんぼのような生き方をしていても、それを責めることはできない。今までの教育制度の中では、彼らに人としての生きる道を教える機会は、きわめて乏しかった。教えることもせず、なぜそんな生き方しかできないのかと批判してみても、責任は彼らだけにあるのではない。
現在は、物質的な豊かさというものは獲得されている。だから逆に考えれば、今の青年ほど物やお金に対してこだわらないことのできる条件にあるものはいない。したがって陽光学園では「生きて死んでいる人よりも、死んでもなお生き続ける人になれ」このような建学の精神を打ち出した。今度は、物やお金では買えないもの、物質的なものより精神的なものに価値を置く時代が到来するだろう。
何が本当の幸せだろうか。今、このことを真剣に考え始める人が増えつつある。
自分の一生をどのように築いていくかを考えたとき、どの道がいちばん素晴らしいのか、判断に迷う、あるいは悩む、これは当たり前のことである。その中で、自分だけの幸福を求めるより、人の幸福を考え、行動したとき、人に喜びを与えることができ、そして人から感謝の波動を受ける。
その感動は、いっさい物やお金に代えられるものではない。多くの人に喜びを与え、その喜ぶ姿を見て自分の喜びとすることができる。それが真の幸せではなかろうか。陽光学園では、青年たちに本当の幸せをつかめるような、悔いのない生き方をしてほしい、それが一番の願いであり、そしてそれを軸にして教育を展開している。
人の生き方という、何よりももっとも大切なことをここで学んでほしい。
富士陽光学園 理事長
関口 勝利
著書「教育復興」より